初心者の覚え書き【宝塚】

ただの雑文

にわかによる宝塚ひとりごと。

だから松倉カメラが必要なわけですよ。

先日、東京宝塚劇場で『MESSIAH(メサイア)−異聞・天草四郎−』『BEAUTIFUL GARDEN−百花繚乱−』を見てきました。7月の終わりに宝塚大劇場で観劇して以来でしたので、約1か月ちょいぶりとなります。

 

今回私が目当てとするのは当然のことながら【鳳月杏】さんです。

大劇場での初見で鳳月さんが演じる松倉勝家の虜となってしまった私は、東京で見る時はぜひにぜひに松倉をオペラでロックオンしたいとの思いであふれていました。

 

松倉が登場するシーンは相変わらずカッコよかった。期待した通り。大劇場で見たときの「かっけぇ~!!」という感想は間違っていなかった。まったく色褪せていなかったのでした。

悪役にもかかわらずオーラが圧倒的。

松倉を主役にしてもいいくらいかと。とはいえ、そうなったら結末をどこに着地させてよいかわからないし、救いようのない胸糞悪い物語になるんでしょうけど。

 

それにしてもあれは何なんだろう?

あのオーラはいったいどこから来るんだろう?

 

大劇場で見たときはとにかく顔がよかった。顔がよい。雑だし陳腐だけど、これが一番の感想でした。本当の松倉がどんな顔か知らんけど、鳳月さんの松倉は顔がよい。というか鳳月さんの顔がよい。まぁ結局そこなんですが。

当たり前のことだけど顔の良さは東京で見ても同じでした。顔がよい。とてもよい。実によい。しつこいな。

 

私のようなにわかファンで演技のことなんてちっともわからない素人でも、2回目ともなるとストーリーを知っていて心に余裕ができるからか、前回見えなかったものが見えてきます。たくさん。いろいろ。さまざま。

 

松倉の視線の動かし方には【イヤらしさ】がある。

イヤらしさというか「常に自分こそが全ての上に存在している」「領民なんてみんなクソ」という不遜な感じが視線の使い方にからにじみ出ている。この虫けらどもめと目が口走っている。いや目走っている。

演技素人の私がわかるくらいだから、きっとこれは鳳月さんの演技の上手さがなせる業なのだろうなぁと思うのです。

 

領民たちのことを相手にしているときは心のどこかで、いや、絶対的に全面的に彼らを軽んじているから常に薄ら笑いを浮かべている。

ピーチクパーチクなんか言ってやがるぜコイツら。そんなこと訴えたって年貢の取り立てをゆるめるわけがないしな、いいかげん無駄な努力って気づけよ。うぜぇ。ホントマジうぜぇコイツら。うぜぇからもっと取り立ててやろ。情に訴えても徒労に終わるだけですよ。親の代からこんな感じでやってきてるんでね、さーせん。せいぜいわめきたいだけわめくがいいさ。まあ無駄だけどな、ぷぷぷぷぅぅぅ。

…という感じで(はたして本当にそんな感じなのか? 違う気もするが)左の口端を吊り上げ、どこか満足そうに笑っている。

根っからのクズだなこいつ。

本当に鬼畜生!!

しかしこの「領民からすればまことに憎たらしい顔」が実に良い。すこぶる良い。

左の口端を吊り上げたあの満足げな顔が非常に好きなんですよ。

あの表情を絶妙にキメられるって結構すごいことなんじゃないかと。

実際私も鏡の前でやってみたんですけど(やるなよ)、まぁ、ブサイク。やらなきゃよかった。ひとり、恥ずかしがった。

あ、これは素材の問題か…。

 虐政にあえいでいた島原の人たちからすれば「何がすこぶる良いだよ」という感じなんですが、あくまでこれは舞台上の役者さんのお話なのでご理解を(誰に対して理解を求めているんでしょうか?)


米俵に座って話を聞いているときは、目の前に控えている領民たちのことなんて見もしない。視線は斜め下に落としたり、動かしはするけど民には向けない。ここでも当然薄ら笑い。慈悲なんて言葉は彼の辞書には存在してない。オマエらとはそんな対等な立場じゃあない。座って時間を取ってやってるだけでもありがたいと思え。あぁ、めんどくせぇ。って。

仕方なく言葉を発するときには実に億劫そうに、一度ぐるりと視線が空を切った。

あー、ホントに嫌なやつだね。

大劇場で見た時は上手の端っこだったこともあり、米俵に座っている時の松倉の視線の動き方まで注視していませんでした。東京で初めて見たんですよ。そしたらそんな動きをしていて、なんだかハッとした。(次に観たときは少し違う動きだったような気もする。記憶はあいまいですが、だいたいそんな感じ)

 
視線の動かし方、目の使い方って実に重要なんだなぁ。

芝居が好きな人にとってはそんなことは当たり前なんでしょうし、そうじゃない私でも視線の動きが演技の基本ってことくらいはわかるのですが。
でもこの米俵の場面を見た時に、そのことをやけに強く感じたのでした。

それから、領民を容赦なく斬り捨てたところはまさに冷酷無比でしたよ。倒れていくところをずっと冷たい目で追っていて、こええええ!ぜんぜん心がないなコイツ!!!ってなりました。

 

一方で虚偽の石高が認められ、城を大きくしたいとか新しくしたいとか?そんなようなことを話していて、おいおいマジかよほんと下衆!ってなったんですけど、あの細い目を見開いて瞳をキラキラさせて実に嬉しそうに話してるんですよね。

あやうく「そうかそうかよかったね」って思いそうになった自分を叱りました。

 

 

本当に、松倉の表情を見るだけでもこの演目は十分に見る価値がある。

鳳月さんのファンだからそう思ってるんですけどね、ええ。

願わくは、オペラロックオンして記憶された松倉の表情を、どこかメディアにはき出して記録・保存できないかなと。

私はそんな栓なきことばかりを考えている。

将来的にそういうの可能になりそうですけど、なんで今できないの? なんで今じゃないの?と子どもみたいに地団駄を踏みそうになっている。

ずーっと観察したいんだよ松倉を。松倉の顔を。

ここに書いたものだけじゃなくて、もっといろいろあったはずなのに記憶の彼方。

しかも記憶違いってことも大いにある。正確に残したいじゃないですか。そしてそれを堪能したい。

 

だから松倉勝家専用カメラで全編あの鬼畜の顔だけを撮影してその映像をください。

そこそこのお値段はってもいいです。

あ、でも松平信綱に蹴散らされてプンスカしながらはけていく姿は全身を見たいので、そこは引きの映像でお願いします。

そこは絶対にお願いします。

 

あれは、なんだか可愛らしかったさ。