宝塚と先輩②
「宝塚と先輩①」を書いた翌日、先輩が私のデスクに来た。
その時の私の心のざわめきと言ったらなかった。
まさか、私の弱小ブログまでたどりついたのか?????
私は左のこめかみに汗をにじませ、引きつった笑顔で迎えた。
なんてことなはい。
貸してくれるBlu-rayを持ってきてくれたのだった。
はぁ、よかっ…
安堵したのもつかの間。
ネットで調べて得たらしい宝塚についてのもろもろを話し始めた。
うわ。
めっちゃ見とる。
いろんな情報、めっちゃ調べとる。
うん、まぁ、そりゃそうよな。
今度は右のこめかみにも汗がにじむ。
ちょっとだけ鼓動が早くなる。やべぇやべぇやぇべぇぇぇと心の中で唱えている。
だが杞憂であった。
それ以上は何もなく、どうやらここはまだ見つかっていないようだった。
わりと自分は小心者なのだなと気づく。平然と書いておきながらこんなに焦るとは愚かである。
「宝塚と先輩①」を書いている時点で、すでに②はないだろうと思っていた。
漠然と感じていた。
なぜなら「しょうもない記事」だから。
誰の得にも、何の得にもならん。
そもそも私のブログ自体、何の価値もない。
悲。
いや、価値云々の話ではない。
そんなことではない。
やはり、人をネタにして書くのはなんだか気が引けた。
本来根は真面目で人の道を外れたことがなく、だから大それたことをやる勇気なんてものもなく、幼い頃から平凡で良い子でつまらなくて面白みのない私は、やはり許可なくあれこれ他人のことをネタにして書くのはよくないんじゃないか、と優等生じみた正論を巡らせ始めた。
でも。
しかし、だ。
私は今直面している。
何に?
ヒトが誰かの虜になっていく過程に、だ。
ヒトが誰かを気に入りハマっていく様を目の当たりにしているのだ。
こんな経験は滅多にないのではないか?
人生において出会う人は、だいたいがすでに誰かや何かの虜になっていることが多い。
「もう長いこと誰々のファンです」
「これにハマってだいぶ経つ」
もしくは気づいたら誰かのファンになっていて「オマエ、いつの間に??」みたいなパターンもある。その場合、その人がハマったジャンルが自分の興味のない、自分の範疇にないものだと「へぇそうなの〜」で終わりがちだ。そしてそれ以上は追求しない。
もちろん、話をしてくれば「うんうん」と興味深く聞く態勢にはなる。何かにハマっている人の話は面白い。自分の知らない世界を知ることができる。
そういう時、私は外側にいた。
しかし今回の先輩は。
私の範疇である。
宝塚である。
別に私は宝塚に詳しくはないが、何も知らない人よりは知っている。
そして好きなものでもある。
しかも私が彼女の【宝塚沼】へのきっかけを与えたようなものなのだ。種をまいたのだ。もしくは、すでにまかれていた種に水をやったのかもしれない。
今、私は内側にいる。
これはきちんと見届ける義務があるのではないだろうか?
早計である。
しかし私は勝手に己の義務にした。
だから書いている。
備忘録である。
ただ、ブログに書いて公開する必要などない。
しかし。
ヒトが何かにハマっていく過程を記しておきながら、それをそっと机の引き出しの奥にしまっておく行為は、あきらかにグロテスクである。
それはもう、ただの【変態】である。ただの変態。
アイドルオタク時代、握手会にて推しに幾度となく「変態、変態、ただの変態」と連呼された過去があるが、私は決して変態などではない。
自分の性癖をあれこれ悶々と書き連ねたノートをしまい込み、時々読み返してはムフムフするのは変質的で異常である。でもそのノートは「小説」として世に出た途端、芸術となり得るのである。
だから私は書くのです。
…ずいぶん格好のよい言い方しやがったな私。面白そうなネタができたから書いているだけだと正直に言え。言え、言ってしまえ、吐けぇ。
随分と前置きが長い。私の悪い癖である。
そう、彼女はハマったのだ。
誰に?
花組トップスター、柚香光殿にである!
ええぇい、頭が高い、控え、控え居ろうううううううう。
私と先輩は同じ日に違う時間の「はいからさんが通る」を見に行った。
そして翌日感想メールが届いた。
そこには以前見た礼真琴さんより柚香光さんの方が好きです、と書いてあった。
なるほどね、こっちゃんよりれいちゃんね。
いろいろな組を見てお気に入りのスターを見つけたいとも。
そうねそうねわかります。
いろいろ見ないとね!
どんな人に出会うかわからないもんね!!
などと微笑ましく思っていた。
しかしすでにこの時、本人が気づいているいないかに関わらず。
すでにこの時。
彼女は落ちていたのでしょう。
それは静かに忍び寄り、落ちるという微細で甘やかな瞬間すら自覚させず、華麗に獲物を絡めとるのです。
恐ろしい。
実に恐ろしい。
柚香光さんの方がうんぬんのメールをもらってから数日経ち、私のデスクにやってきた彼女は(先輩は部署異動したので席がだいぶ離れている)、オンデマで何らかの演目を見たと言う。
聞いてみれば『EXCITER!!2018』のようである。
ちなみに私はこれを見ていない。スカイステージでやっていたように思うが、見ていない。
そういえば、劇場だと遠くて姿かたちがよく見えないから、オンデマとかBlu-rayとかで見たいと言っていたことを思い出す。
さっそく見たようだ。
相変わらず行動が早い。
当たり前である。
落ちている過程なのだ。急角度で落ちているのだから、自然と加速する。嫌でも速度が出ちゃう。
ダンスが好きらしい。芝居よりもダンスを見たいらしい。
つまりダンスが上手い人が好き、となり、必然的に、柚香光。
そう、それは柚香光。Yo!Yo!柚香光。れいちゃんれいちゃん柚香光!ヘイッ!
…となっている模様(勝手な私の想像、妄想)
柚香光さんがカッコいい。
柚香光さんがカッコいい、と。
完全に落ちてはりますなぁ、先輩。
Blu-rayもポチっちゃったそうだ。
何をだろう?
『DANCE OLYMPIA』
見終わったら貸してくれることになった。
Blu-rayで見たいのならと私は『CASANOVA』と『MESSIAH』を提供することに。
後日『DANCE OLYMPIA』を持ってきてくれた先輩がすがすがしく放った言葉に、私はたじろいだ。
「好きな人が欲しかったの~♡」
午前中の、まだ比較的静かなオフィス。
響き渡るうれしそうな甲高い声。
「好きな人が欲しかったの♡」
感じる。
相当に感じる。
周囲の人々が耳をダンボ(表現が昭和的だが許せ)にしているのを。
好きな人が欲しかった?
つまり、好きな人ができたってこと?
え、誰?
(ちなみに先輩は既婚者)
え、どういうこと?
…となっている人が何人かいるにちがいない。
声、デカいですよぉ、先輩ったら。
好きな人のことを話すとうれしくてテンションが上がるからつい声が大きくなっちゃうし、好きな人のことを考えて夢中だから周りが見えなくなっちゃうの、よくわかるけども。
冷静にぃ~♪
というか私、そんなに大々的にヅカオタであることを会社で公言してないんで、あんまり、その、大きな声では…ちょっと…あ、いや、まぁ、いいですけど、うん、楽しそうにしゃべってるし、でも、もう完全に私が宝塚が好きって周りにバレましたね、ぬぬぬ~ん。
いや、違う。
何が?
私がたじろいだのは声がデカいとか、ヅカオタがバレたとかそんなことではない。
そんな些末でくだらないことではない。
少しも恥ずかしがることなく「好きな人が欲しかった」と言える純粋さというか、素直さというか、つまりそれは柚香光が好きだと認めて他人に告白できているということで、なんだかそれがすごく眩しかった。
私はひねくれ者だし、素直じゃないし、キキちゃんにハマった時もすぐには認めなかった。別に誰かに報告することもなかったし、ブログで頭でっかちなことをつらつらと書き連ね、1か月後くらいにようやく認めた。往生際が悪い。
(そこらへんのことにほんの1ミリでも興味を抱いた奇特な方がいたら、適当に過去のしがない記事を漁ってみてください)
もうね、ラムセスを見たときにすでにハマってたんだよ。心のどこかじゃわかってたんだけど、なんかね、認めなかったのよね。…まぁ私の話は置いておく。
とにかく、そんなまどろっこしいことは考えず、好きなものは好きだ!と認めて宣言する先輩にただただ圧倒され、それは少し羨ましくもあった。
「ありがとう。〇〇さん(私のこと)、本当にありがとう」
あぁ、挙げ句に感謝されている。
別に感謝されるようなことは何もしておらぬのだけど。
ただ、オタク心をくすぐられて、宝塚の大階段見せちゃるううう!って思っただけなんだ。
逆に申し訳ない。
素直に好きなことを好きって認めないひねくれ者だし、近頃はハマりたての頃のキラキラとした情熱を少し失っちゃってる感じだし、席も前の方じゃないとちょっと残念がったりしちゃってたし、いろいろとなんかさ、自分はちょっと汚れっちまってるのになって。
だから、わりと心の底から思う。
よかったですね、と。
好きな人ができてよかったですね、と。
私なんかでよかったらいろいろ付き合いますから。
どこまでもお付き合いしますから。
あまりにも何もないから小鳥を飼おうかと思ってたんだよ。
…………………………小鳥。
先輩はなんか【そういうもの】が欲しかったようです。
【そういうもの】というのはつまり、夢中になれるものというか、生活に潤いを与えるようなものというか。そういった類のものが欲しかったようです。それが「好きな人が欲しかった」という言葉に表れていたのです。
うん。
小鳥もね、可愛いよ。
小鳥に癒されるのもありだよぉ。
私なら文鳥がいいよぉ。
小鳥が柚香光になった。
彼女は小鳥ではなく柚香光を得た。
『はいからさんが通る』を見てから、ここまでで約1週間くらいだったように思う。
早いな。きっとこの間、先輩はめちゃくちゃ楽しかっただろうな。
そしてこれからもっともっと楽しいんだろうな。
なんだかうらやましい。
こうやって人は宝塚にハマるのだな。
私も自分がハマったときのことを思い出した。
そんな遠い昔ではないのに感慨深い。
『DANCE OLYMPIA』を持ってきてくれた時に、また違うBlu-rayを買った報告を受けた。新人公演ダイジェストのやつだ。
あぁ、そういえばそんなものがあった気がすると思い出す私。
そして先日それも借してもらった。
『CASANOVA』と『MESSIAH』を貸した時(私が持っていく前に先輩直々に取りに来た…笑)、キャトルレーヴの話になり、今度共に行くことになった。
「厳選して2枚買おうと思って」
決して話を聞いていなかったわけではなかった。
何の話からこの台詞が出たのかは覚えていないが、先輩は何かを2枚買うと言う。
「Blu-rayですか?」
Blu-rayめっちゃ買ってる感じだから、また何か買うのかなぁとぼんやりと思った。
そうしたら、
そうしたら、
「アハハ、写真だよぉ!」
と笑いながら私の左肩を叩いた。
私の左肩を叩いた。
【ベチィィィィン!!!!】
ものっすごい音がした。
被害者の私すら「お見事!」とうっかり賞賛しそうになるくらいに良い音がした。
ヒットした。
Hit!Hit!ど真ん中に命中!♪
AKB48のBINGO!が不意に脳内に流れる。
あうう、いってぇえええよう…
だが平然とした顔で耐える。
わかっている。
照れているのだ。
照れているのだろう。
そう、すこぶる照れているにちがいない。
厳選した2枚の写真を買いたいと告白して、照れているのだろうな。
気づいていない。
全く気づいていないよう。
私が痛いことなど、まるきり気づいていない。
そんなわけで今度キャトルに行く。
続きは私に【やる気元気勇気】があれば書こうと思います。
先輩へ:
何かのとんでもない間違いが起きて万が一この記事を見つけてしまったら、会社でこっそり「見たよ」と教えてください。
怖ぇえ。
先に謝っておこう。ネタにしてごめんなさい。
しかしいつか告げなければならぬ。
実はあなたのことを書いています、と。
その日は確かにやってくるだろう。